大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和28年(ナ)5号 判決 1954年2月23日

原告 松本元男 外四名

被告 長崎県選挙管理委員会

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、被告が、昭和二十七年十二月十六日施行の長崎県南松浦郡福江町議会議員補欠選挙における選挙の効力に関する訴願について、昭和二十八年六月十二日なした裁決は、これを取り消す、長崎県南松浦郡福江町選挙委員会が昭和二十七年十二月十六日施行した同町議会議員補欠選挙は、無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、「原告等は、昭和二十七年十二月十六日施行された長崎県南松浦郡福江町議会議員補欠選挙に立候補した候補者であり、選挙人であるが、同町選挙管理委員会が執行した同補欠選挙に当り、別紙裁決書中訴願の要旨一、二に記載されたと同旨の選挙規定違背の事実があつたので、原告等はこれを理由として、同町選挙管理委員会に対し、右選挙の無効を主張し、その取消を求むべく、異議を申立てたところ同委員会は、昭和二十八年一月二十五日右異議申立を却下した。そこで原告等は右却下の決定を不服として、同年二月十二日被告長崎県選挙管理委員会に対し、前同様の理由で訴願を提起したが、被告委員会は、原告等の主張を容認しながら、別紙裁決書中裁決の理由として記載してあると同様の理由、すなわち、『当委員会が本訴願を受理して裁決する時期は、福岡高等裁判所の控訴が取下げられた昭和二十八年一月三十一日以降に当るので、昭和二十七年十二月六日の選挙期日の告示の日における同町議会議員欠員の数は七人とみるべきであり、その補欠選挙における選挙すべき議員の数は七人であるといわねばならぬ。要するに、訴願人が訴願の理由とする「川口議員の辞職に伴う欠員一人を選挙すべき議員の数に加えるべきだ、」という主張は、最早消滅し、存在しないものといわなければならない。』との理由で、昭和二十八年六月十二日原告等の訴願を棄却し、原告等は、同月二十八日右裁決書の交付を受けた。

しかし被告委員会のなした右裁決は次の理由により違法として到底取消を免れないものである。すなわち、

(一)  まず、本件の事実関係をみるに、本訴原告の一人である川口一議員は、もともと昭和二十六年七月十二日森田栄次郎議員が福江町議会における懲罰議決によつて除名されたことにより欠員を生じたため、同年八月一日繰上補充された議員であるが、昭和二十七年十二月五日の同町臨時議会において川口議員が辞職したため、議長は、この辞職による欠員並びにそれより先に辞職した議員七名を加えて計八名の欠員となつた旨を同日(すなわち、同町議会議員補欠選挙の選挙期日告示の前日)同町選挙管理委員会に通知したところ、同委員会は川口議員の右辞職による欠員一名を加えることなく、選挙を行うべき議員数を七名と告示し、そのまま選挙を施行したのであるが、この間前記森田議員は除名処分の議決を不服として、長崎地方裁判所に対し、同町議会を被告として、右議決の無効確認訴訟を提起し、昭和二十七年七月四日同裁判所において除名議決取消の判決があつたので、同町議会は福岡高等裁判所に控訴の申立をしたが、本件補欠選挙後の昭和二十八年一月三十一日右控訴を取下げた結果、前記除名議決取消の第一審判決は確定するに至つたものである。ところで、福江町選挙管理委員会が本件補欠選挙を執行するに当り、前記の如く、選挙を行うべき議員の数を八名としないで、七名として告示するような取扱をした所以のものは、当時前記森田議員と福江町議会間の除名議決取消に関する訴訟の控訴が取下となる気運があつたところから、右取下によつて生ずる同人の町議会復帰を顧慮し、殊更欠員一名を残したことに原由していたのであるが、同控訴が取下げられたのは、前記のとおり、昭和二十八年一月三十一日であつて、本件補欠選挙の告示がなされた昭和二十七年十二月六日より起算すれば、約二ケ月後のことであり、施行の日よりすれば、四十五日後のことに属するので、仮に控訴の取下によつて森田議員の町議会復帰が実現する可能性があつたとしても、このことは右告示の際には未確定であり、しかも将来の不確定の事実に係る条件を期待して、当然計上されねばならない議員の数をほしいままに一名削減するが如きは、厳正に職務を執行すべき選挙管理委員会自ら選挙における平等と公正の原則を破壊するものであつて、福江町選挙管理委員会の前記取扱が選挙の規定に違反することは当然であり、且つ、選挙すべき議員の数の認定に誤があれば、選挙すべき議員数に誤を生じ、その選挙が無効となるべき重大な結果を招来することも、必然の事実である。

(二)  本件の場合、補欠選挙さるべき議員の数を七名としたときと一名増加して八名にした場合とでは、候補者の得票数の算定と、その当落に影響し、その結果は、議員数にも異動を及ぼすことあるべきは当然であり、このような選挙の規定に違反した瑕疵ある行政行為は無効であつて、しかも無効な行為は、どこまでも無効であり、これに法律効果を附与し、回生させることはできないのである。前記の如く、川口議員は、森田議員除名後に繰上補充された議員であり、同人は正当に辞職するか、又控訴取下の結果、右森田が遡及して議員の資格を獲得するまでは、正当に福江町議会議員の資格を有するのであつて、選挙管理委員会又は町理事者の専断によつて、同町議会議員の法定員数が増減さるべき理由なく、いわんや、川口議員の辞職が正当に認められ、しかもこれによる欠員通知が本件補欠選挙期日告示の前日になされた事実が厳存する以上、その欠員が選挙すべき議員数に計上されなければならないことは理の当然である。本件補欠選挙における前陳瑕疵はいかなる理由を以てしても、これを隠蔽し、有効ならしめることはできない。

(三)  被告委員会は、「川口議員の辞職に伴う欠員一名を選挙すべき議員の数に加えるべきだ」との原告等の主張を認めながら、訴願裁決の時間においては、前記選挙期日告示の日における欠員数は七名とみるべきであり、本件補欠選挙における選挙すべき議員の数は七名であるから、訴願の理由は既に消滅し存在しない、という理由で、原告等の訴願を棄却していることは、前記のとおりであつて、その理由となすところは、行政事件訴訟特例法第十一条の規定を参酌してなされたものの如く推察されるのであるが、同条の規定の適用と運用は、独り司法裁判所の専権に属することであつて、本件裁決の如き行政庁の裁量処分に適用さるべきものではないと考える。何となれば、旧憲法の下における行政裁判所は、その性質上、行政機関の一種であつたから、訴訟の認められている限りにおいて、その審理の結果に基き、自ら行政庁に代つて決定をなし、又は関係行政庁に対して一定の行政処分をなすべき旨を命ずることができたであろうけれども、新憲法の下における通常裁判所は、行政権に対する司法権の機関であり、法令上特に行政権に対する監督的任務を負わしめている場合(地方自治法第百四十六条、第二百四十三条の二参照)の外は、司法権の本質上、法適用の保障的任務を有しており、それが亦行政事件の裁判の特殊性でもあるのであるから、本件の場合、仮に前記特例法第十一条が規定する如く、処分は違法であるが、一切の事情を考慮して処分を取り消し、又は変更することが公共の福祉に適合しないと認めるときは、司法権の機関である裁判所においてのみ、請求を棄却することができるのであつて、一種の行政機関に過ぎない被告委員会の専断に委ねる筋合のものではないからである。従つて、仮に被告委員会の本件訴願に対する棄却理由の考え方が正当であつたとしても、国家機関としての意思表示は、司法裁判所の判断とその宣言に俟たねばならないことは当然である。仮にそうでなく、被告委員会の考え方が行政機関の便宜裁量の範囲に属するものであるとしても、原告等は、前記特例法第十一条第三項によつて、本件違法処分により蒙つた損害の賠償を請求し得る権利を与えられているのであるから、本訴において違法処分の事実を確定しておくことは、原告等の権利保障の立場上当然のことであり、従つて本訴は、この点においても確認の利益が存するのである。

(四)  次に被告委員会は、原告等の訴願を棄却する判断の時期につき、裁定時を以て、その基準としていることは、別紙裁決書の記載に徴して明白である。ところで、行政事件は、その裁定及び裁判のいずれを問わず、行政法規の適用を保障することを目的とするのであるが、行政法規は絶えず変遷するし、又これを適用すべき対象の備える条件も刻々に変化するので、このような場合、何時の法規又は状態を判断の基準とすべきかが問題となるのである。しかし、抗告訴訟の目的が行政法規の正当な適用を保障するにあるとの見地において、その処分を違法として取り消すべきか、或は適法として存続せしめるべきかを判断することに変りはないのであつて、本件の場合、福江町選挙管理委員会の処分が取り消さるべき違法の処分であることは、被告委員会自ら認めているところであり、残された問題は、これを取り消すことが公共の福祉に適合しないか、どうかの点である。ところが、農地買収の如き争訟にあつては、法律上判断の基準時が予定されているので、この場合は、例外として格別のことはないけれども、本件の問題は、直接第三者の利害に影響する選挙権、被選挙権の問題であり、その結果は、前記の如く、選挙の結果に及ぼすことが重大であるから、たとえ、裁定時又は口頭弁論終結当時を基準として考えた場合、適法であつても、処分時における違法、すなわち、本件選挙の時を基準として裁断するのが正当であり、それが法の原則であると確信する。

以上の理由により、被告委員会のなした裁決の取消を求め、併せて本件補欠選挙の無効確認を求めるため、本訴に及んだ。」

と陳述し、被告の答弁に対し、

「(一)被告は、公職選挙法第三十四条の規定を引用し、本件のような場合には補欠選挙を行わないのが同法の精神に合致すると前提し、更に、森田議員除名に対する訴訟が係争中であるから、同議員除名後繰上補充になつた川口議員の辞職に伴う欠員の補充を行わなかつたことは正しい、と結論しているけれども、同法第三十四条第三項は、選挙の効力又は当選の効力に関する異議申立、訴願及び訴訟について、これらの異議又は訴願の提起期間、訴訟の出訴期間、これらの異議又は訴願に対する決定乃至裁決が確定しない間、もしくは訴訟が、裁判所に係属している間は、選挙を行うことができない旨を規定しているのであつて、同法に規定しない他の行政事件、すなわち森田議員の除名議決取消請求訴訟についてまで、右規定を拡張解釈して、類推判断するのは、妥当でない。

(二) 被告は、森田議員に対する除名議決が取り消されれば、川口議員は、繰上補充すべからざるものであり、従つてその辞職による補欠選挙も無効となる、と主張しているようであり、公職選挙法上、右主張を裏付ける規定がないので、その論拠を見出すことはできないが、もし同法第三十四条第三項の類推解釈論であるなら、同条の適用範囲は、前記の如く、限定されているので、その主張は当らない。殊に被告のこのような主張は、原告等の訴願却下の理由中には判断されていない新たな判断であつて、一個の遁辞に過ぎない。

(三) 被告は、公職選挙法第百十三条は、議員の欠員が生じても、それが一定数に達するまでは、補欠選挙を行わなくてもよろしいと規定している、と主張しているが、同条第二項は、一名の欠員に過ぎないとしても、同時選挙の場合は必ず補欠選挙を行うべきことを明らかに規定しているのであつて、本件の対象となつている昭和二十七年十二月十六日施行の補欠選挙が南松浦郡福江町長選挙と同時に行われた選挙であり、右第百十三条第二項の規定に基いて施行された同時選挙に外ならないものであるから、被告の前記主張は失当である。

(四) 選挙管理委員会は、選挙すべき議員数の増減について、何等自由裁量権を有するものではない。その選挙すべき議員数は須らく公職選挙法の規定するところによつて、自ら確定さるべきが当然である。本件補欠選挙当時において、森田議員は除名されたまま、議員の資格を有していなかつたのである。すなわち、当該除名議決取消訴訟の判決は、選挙当時未確定であり、選挙以後の不確定条件にかかつていたのである。被告は、この不確定条件が既に成就されたものと独断し、結果的に観察して、森田議員の除名議決は取り消されたから、議員七名の補欠選挙は妥当であるかの如く、主張するのであるが、その妄論たることは多言を要しない。将来未確定の事実を確定さるべきものと速断し、選挙すべき議員数を勝手に増減して選挙を行うことが、選挙管理委員会の権限に委ねられるとしたら、選挙の公正は、同委員会委員によつて無視滅却され、収拾し難い混乱を惹起することは、火を睹るよりも明らかである。被告の論法を以てすれば、選挙前に、議員が病気危篤のため死亡の公算大である場合とか、又刑事被告人として公民権を失う可能性がある場合には、これらを予め欠員とみなし、これに対する欠員補充の措置が講ぜられるであろうことが想像されるのである。

(五)  もしそれ、被告が主張する如く、公職選挙法第三十四条第三項を前記除名議決取消の行政訴訟に適用し、八名の補欠選挙は無効であると論断することが許されるならば、除名議決取消についての行政訴訟を提起し得る期間中に行われた川口議員の繰上補充は行うべからざるものであり、その補充は無効である、との訴訟を提起し得るであろう。このような趣旨の行政訴訟は、一見右第三十四条第三項の訴訟と類似しているのであるが、同条の規定する訴とはその性質を異にするものであるから、被告の主張する同条の類推適用は当らない。

(六)  被告は、裁決当時において、森田議員に対する除名議決取消の判決は確定しているから、本件裁決は適法である、と主張するけれども、原告等の訴願の趣旨は、選挙当時の議員の欠員は八名であるから、あくまで右選挙当時の事実を基準として選挙すべき議員の数を定め、選挙を行うべきであることを大前提としているのである。本件選挙当時においては、森田議員は除名のままであり、川口議員は辞職するまでは、有効に議員としての責務を果してきたのであつて、このように有効な資格を有する川口議員が辞職すれば、それは当然欠員として、選挙すべき議員数に計上されなければならない。これが欠員数に計上されないとすれば、川口議員は資格を有しない議員であつたこととなり、同議員の参加した議会活動は無効となるべきである。しかも川口議員の辞職に伴う欠員が有効と認めることができないとすれば、何故当局は、その辞職以前に同議員を失格させる手続を行わなかつたのであろうか。このような当然の欠員を将来の予想を根拠として、一名減ずることは、法律の規定に基かないところの措置であつて、当該選挙が無効であることは自明の理である。

(七)  被告の主張するような、本件選挙当時において森田議員に対する除名議決取消の訴訟につき、控訴取下の空気が濃厚であつたとの見解は、頗る一方的であり、当時の客観情勢は、その反対であつた。昭和二十七年十二月二日本件選挙直前の右訴訟の控訴問題に関する議員の会合においては、一、二名を除き、他の議員の大多数は、控訴絶対支持であり、控訴取下は直接川口議員の将来の資格に影響するから、軽々にすべきでない、との言動があつたので、川口議員は自発的に辞職することにしたのであり、又選挙告示直前の同月五日の町議会において、川口議員が辞職し、直ちにその通知を選挙管理委員会に差出したのは、同議員の欠員を補充させるために執られた措置に外ならないのである。すなわち、右は川口議員の辞職による欠員一名の補充を行つた場合において将来控訴が取下となり、又は町議会が敗訴し、森田議員が議会に復帰したときは、どうなるかということも検討した上の措置であつたのである。

(八)  更に八名の補欠選挙が行われた場合についての予想を論議するならば、被告のいうが如く、八名の選挙は無効であるとの論理が成立するとしても、これが確定する時期は何時頃となるのか予想はつかないのであるが、その確定の時期までは、右八名は有効に議員の資格を有するわけである。又前記の無効措置が講ぜられなかつた場合には、恐らく新議員八名を加えた町議会は、自ら控訴取下をしなかつたであろうことが、当時客観的に予期されたのであつて、すなわち、森田議員の議会復帰が法的に実現しない間は、自ら墓穴を掘るような措置に出なかつたであろうことが、窺知されるのである。

(九)  本件補欠選挙における次点者である原告松本元男は、僅少の差で落選したのであるが、もし八名の当選者としたならば、同原告は当然当選している筈であり、従つて同原告に投票した有権者の票は有効な結果をもたらしたであろうに、町選挙管理委員会の前記のような専断と違法により、当選の結果に異動を及ぼしたことが判然と窺知され、証明されたのである。以上の理由により、本件選挙は違法であり、無効であるといわざるを得ない。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告等が、いずれも、その主張の補欠選挙に立候補した候補者であり選挙人であること、原告等が本件補欠選挙につき、その主張のような選挙規定違背の事実があるとして、福江町選挙管理委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたが、原告等主張の日同委員会が右異議申立を却下したこと、原告等主張の訴願に対し、被告委員会が原告等主張の日、その主張のような理由で、訴願棄却の裁決をなし、右裁決書が原告等主張の日原告等に交付されたこと、原告等主張の川口議員は森田議員に対する原告等主張の除名議決によつて生じた欠員の繰上補充による議員であつたこと、川口議員が原告等主張の日同町臨時議会において辞職したので、議長より同町選挙管理委員会に対し、同日、すなわち、本件補欠選挙の選挙期日告示の前日、原告等主張のような欠員通知をなしたが、同委員会は、右川口議員の辞職による欠員一名を加えず、選挙を行うべき議員数を従前の欠員数に相当する七名と告示し、そのまま選挙を施行したこと、及びこの間森田議員が原告等主張のような除名議決無効確認訴訟を提起し、原告等主張の日第一審長崎地方裁判所において除名議決取消の判決があり、右訴訟が福岡高等裁判所の控訴審に係属中、原告等主張の日控訴の取下によつて前記第一審判決が確定したことは認める。しかし本件補欠選挙及び訴願の裁決は、次の理由によつて明らかなように、いずれも適法に行われたものであり、本訴請求は、全く理由がないものである。

すなわち、

(一) 森田議員が議員の資格を失つたのは、除名議決の結果によるものであるから同議員の資格喪失は除名議決が有効に存在することが前提となるものであることは、いうまでもない。従つて、除名議決が取り消されることとなれば、右森田は議員の身分を失わなかつたこととなり、同議員の失格による欠員はないこととなるから、その除名による欠員のため、繰上当選人となつた川口議員は、繰上補充される法律上の原因を欠き、議員としての身分を取得しない(当選人とならない)こととなるわけである。すなわち、除名議決があつたけれどもこれに対し、除名された議員から、右議決の取消請求の訴訟が提起された場合には、後日右訴訟において除名議決を取り消す旨の判決が言渡されるかも知れないという推測が生ずるのであるが、このような判決が言渡されると森田議員は、当選人として従前より議員の身分を保有し、同議員の失格による欠員は生じなかつたこととなるから、繰上補充の理由はないこととなるし、又繰上補充となつた川口議員の辞職による欠員に基く補欠選挙の原因も生じないこととなる。このような場合には、右訴訟が裁判所に係属している間は、繰上補充をしないことが望ましいのであり、既にその補充がなされた後であれば、その後繰上補充になつた議員が辞職しても、右訴訟の係属中は、補欠選挙を行わないのが好ましいと考えられるのである。公職選挙法第三十四条第三項(殊にその末段)の規定は、もとより本件と同一の場合ではないけれども本件のような場合には、むしろ補欠選挙を行わないのが同法の精神に合致することを示すものといわねばならない。蓋し、川口議員の辞職により一名の欠員があるとして補欠選挙を行なつても、同議員は森田議員の除名により繰上補充された議員であるから、森田議員の除名議決が取り消されれば、もともと繰上補充すべからざるものであり、従つてその辞職による補欠選挙も無効となるからである。しかも本件の場合、森田議員の提訴により、昭和二十七年七月四日除名議決取消の第一審判決が言渡されたのであるから、前示の事態を生ずる推測は高度となつているのである。更に考うべきことは、補欠選挙は欠員の生じた場合には、それが一名であつても、常にこれを行わなければならないものではないということである。すなわち、公職選挙法第百十三条は、議員の欠員が生じてもそれが一定数に達するまでは、補欠選挙を行わなくてもよろしい旨を規定しているのであつて、これも亦本件のように後日川口議員の辞職による補欠選挙を行なつてはならないことに確定する危険があり、その推測が第一審判決で宣言されるという事態にまで高められた場合においては、尚更補欠選挙を行うべきでない理由を支持するものといわねばならない。然らば福江町選挙管理委員会が本件補欠選挙において、川口議員の辞職に伴い生じた欠員一名について補欠選挙を行わず既存の欠員七名についてのみ補欠選挙を行つたのは適法であつて、被告委員会が原告等の訴願を棄却したのは正当である。

(二) 原告等は、「前記訴訟における控訴の取下による森田議員の町議会復帰の実現は、本件補欠選挙告示の際には、未確定であり、しかもこのような将来の不確定の事実に係る条件を期待して、選挙を行うべき議員の数を一名削減したのは、選挙の規定に違背するものである、」と主張するけれども、前記のように、昭和二十七年七月四日には、長崎地方裁判所において、森田議員に対する除名議決取消の判決が言渡されているのであり、この判決が確定すれば、同議員に対する除名議決はなかつたこととなるから、右除名を前提とした繰上補充による当選人川口議員が辞職したとしても、右繰上補充は元来これをしてはならなかつたこととなるし、従つて又川口議員の辞職による補欠選挙も行つてはならなかつたこととなる。そして第一審の判決と雖も、係争事案に対する裁断を有権的に宣示するものであることに変りはなく、この点においては控訴審又は上告審の判決と性質を異にするものではない。ただ第一審の判決は、控訴審の判決により維持されることもあるが、又取り消されることもある点が異なるに過ぎない。従つて第一審判決が除名議決を取り消す旨の判決を言渡した場合、それにも拘らず、補欠選挙を行つたとすれば、その補欠選挙は無効となる危険性が多いとせねばならないから、その訴訟が確定するまで補欠選挙を行わないのが正しいというべきである。蓋し、もし、既存の欠員七名に川口議員の辞職による欠員一名を加え、八名について補欠選挙を行つたとすれば、その後、除名議決取消の判決が確定した場合には、川口議員の辞職による欠員一名については、補欠選挙をすべからざるものであり、既存の欠員七名についてのみ補欠選挙を行うべきものであつたこととなるから、欠員八名について行つた補欠選挙は、当選の結果に影響を及ぼす違法があるものとして、該選挙全部が無効となるからである。原告等は、欠員八名の補欠選挙を行うべきところを、欠員七名についてのみ行つたのは違法であるとの点を取り上げて本件補欠選挙の無効を主張しているけれども、同じことは、七名の補欠選挙を行うべきところを八名の補欠選挙を行つた場合についても、いえるのである。そればかりでなく、八名の補欠選挙を行うべきところを、七名について行つた場合において、後に除名議決取消の前記第一審判決が上訴審で取り消され、右議決が有効であることに確定したときは、その時以後に、森田議員の除名により繰上補充された川口議員の辞職に伴う欠員一名の補欠選挙ができるからよいけれども、七名の補欠選挙をすべきところを、八名について補欠選挙を行つた場合には、後に森田議員に対する除名議決取消の判決が確定した場合、右補欠選挙における当選人八名の内一名は、森田議員が依然として議員の身分を保有する結果、当然失格しなければならない筈であるのに、右当選人八名の内の何人がその失格者に該当するかを決定する方法がなく、延いて、右八名の補欠選挙が無効となることとなるであろう。このような場合には、さきに説明したとおり、議員の資格消滅による欠員の補欠選挙は、当該訴訟確定に至るまで、これを行わしめないのが、公職選挙法の趣旨であり、同法第百十三条は、この法意を表現したものに外ならない。されば、本件において、福江町選挙管理委員会が既存の欠員七名についてのみ補欠選挙を行い、森田議員除名による繰上当選人川口議員の辞職に伴う欠員一名の補欠選挙を行わなかつたのは、もとより適法である。

(三) 仮に以上の主張が理由がないとしても、森田議員に対する除名議決取消の判決は、昭和二十八年一月三十一日確定したのであつて、被告委員会が原告等の訴願を受理して裁決したのは、右一月三十一日以後のことである。すなわち、被告委員会が裁決をなした同年六月十二日以前において、既に森田議員に対する除名議決は確定判決を以て取り消され、同議員は議員の身分を失わなかつたことが確定しているのである。従つて森田議員の除名による繰上補充もその前提を欠き、川口議員は繰上当選人となる法律上の原因がないから、同議員が辞職しても、その補欠選挙をする法律上の根拠もないことも前記判決により確定したわけである。故に昭和二十七年十二月十六日施行の本件補欠選挙において選挙せらるべき欠員の数は、七名であり、八名の補欠選挙を行つてはならないことが、本件裁決当時動かし難い事実となつているのである。訴願の裁決は、裁決をなす時期における資料に基いてなすべきものであり、このことは、訴願については、準司法的行為として、行政庁が事実の審査をなし、その判断の理由を裁決書に記載明示することが定められていることに徴しても、明らかである(訴願法第十四条参照)。そして裁決は訴願の審査によつて明らかとなつた事実に対し、法規を適用して結論に至るものであり、法規の適用は、法規の正当な解釈に従つてなされなければならない。然らば被告委員会は、森田議員に対する除名決議が確定判決を以て取り消され、同議員は依然として議員の資格を有することが明確であり、同議員失格による繰上補充も、又その繰上補充による議員の辞職に伴う欠員の補欠選挙もしてはならない、という裁決当時の事態に基いて、本件裁決をなしたものに外ならないから、右裁決は適法であり、その取消を求める本訴請求は理由がない。

以上の理由により原告等の本訴請求は、すべて失当として棄却さるべきものである。」

と述べた(各立証省略)。

三、理  由

原告等が昭和二十七年十二月十六日施行された長崎県南松浦郡福江町議会議員補欠選挙に立候補した候補者であり、選挙人であること及び原告等が右選挙につき、その主張のような選挙規定違背の事実があるとして福江町選挙管理委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたが、同委員会は昭和二十八年一月二十五日右異議申立を却下したので、原告等は同年二月十二日被告委員会に訴願を提起したところ、右訴願に対し、被告委員会が同年六月十二日原告等主張の理由で、訴願棄却の裁決をなし右裁決書が同月二十八日原告等に交付されたことは、いずれも当事者間に争がない。

よつて原告等が本件補欠選挙の効力を争う事由として主張する本件補欠選挙において選挙すべき議員数は八名であるのに、福江町選挙管理委員会がこれを七名と告示し、そのまま選挙を施行したのは、選挙の規定に違反し、且つ、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある、との点について判断する。

本件補欠選挙において、その選挙期日の告示の前日である昭和二十七年十二月五日福江町議会議長より同町選挙管理委員会に対し、同日川口一議員の辞職に伴い欠員一名を生じ、それより先に辞職した議員七名に加えて計八名の欠員となつた旨を通知したが、同委員会は右川口議員の辞職による欠員一名を加えないで、選挙すべき議員数を従前の欠員数に相当する七名と告示し、そのまま選挙を施行したことは、被告の認めて争わないところである。ところで議員に欠員を生じ、それが補欠選挙に関する法定の要件を具備するものとして、選挙管理委員会が該選挙を施行する場合においては、同委員会は、その欠員全部について補欠選挙を施行すべきもので、その自由裁量によつて、選挙すべき議員数を増減することは許されないのであるから、本件において福江町選挙管理委員会が同町議会議長の通知による議員の欠員は八名であるのに、その内七名のみを選挙すべき議員数として告示し、選挙を施行(本件選挙が補欠選挙の要件を具備するものとして施行されたことは、弁論の全趣旨に徴して明白である)したのは、違法のそしりを免れないもののようであるが、当事者間に争のない次の事実関係によれば、川口議員は、もともと、昭和二十六年七月十二日森田栄次郎議員が福江町議会における懲罰議決によつて除名されたことにより欠員を生じたため、同年八月一日繰上補充された議員で前記昭和二十七年十二月五日の同町臨時議会において辞職したのであるが、この間森田議員は、右議決を不服とし、同町議会を被告として長崎地方裁判所に懲罰議決無効確認訴訟を提起し、昭和二十七年七月四日除名議決取消の勝訴判決を受けたところ、同町議会は福岡高等裁判所に控訴を申立て、右訴訟の係属中、本件補欠選挙後間もない昭和二十八年一月三十一日同町議会において該控訴を取下げた結果、除名議決取消の右第一審判決が確定するに至つた、というのであつて、右の如く、森田議員が前記訴訟において除名議決取消の勝訴判決を得、その判決が昭和二十八年一月三十一日確定した以上、これによつて同議員は前記除名議決当時に遡つて議員たる資格を回復するに至つたものというべく、同議員の失格による欠員は生じなかつたこととなる一方、同議員の除名失格により繰上補充された川口議員は、繰上補充される法律上の原因を欠き、前記判決確定と同時に、その繰上補充の時に遡つて当然議員の資格を失つたわけであり、従つて同議員の辞職による欠員は生じなかつたこととなるのであるから、本件選挙当時における選挙すべき議員数は、一応八名であるように見えるけれども、客観的に当時の事態を観察する限りにおいては、川口議員の辞職による欠員一名は、これを選挙すべき議員数に計上すべきでなかつたと解すべきである。蓋し、このように解しないで、原告等主張の如く、前記判決の結果如何に拘らず、選挙すべき議員数を八名として、本件補欠選挙を行つたとすれば、町議会は、その当選人八名に加え、更に前記確定判決に基く森田議員の復帰による定員外の議員(本件選挙当時の欠員数が川口議員辞職による分を除き、計七名を出でなかつたことは、弁論の全趣旨に徴し明らかである)を擁することとなり、事態の収拾は極めて困難となるであろう(なお再選挙又は補欠選挙の場合に関し、選挙の効力に関する訴訟の出訴期間乃至該訴訟の裁判所に係属する間等の場合において、これらの選挙を行うことができないとする公職選挙法第三十四条第三項の規定は、そのまま本件の場合に当てはまるわけではないが、同規定は、右のような困難を予想して立法されたものと思われる)。

そうだとすれば、福江町選挙管理委員会が、本件補欠選挙に当り、川口議員の辞職による欠員一名について選挙を行わず、既存の欠員七名についてのみ補欠選挙を行つたのは結局適法と認むべきであり、被告委員会が原告等の訴願を棄却したのは相当というべきであるから、原告等の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)

裁決書

長崎県南松浦郡福江町紺屋町二四五番地

染物業

訴願人 松本元男

明治四十年十二月二十八日生

同県同郡同町福江郷一ノ三一九番地

漁業

訴願人 川口一

明治四十年十二月十八日生

同県同郡同町吉久木郷六二九番地

農業

訴願人 森本岩之助

明治十四年八月二十四日生

同県同郡同町福江郷七〇九番地

物品販売業

訴願人 大木清

明治三十一年七月二十九日生

同県同郡同町大荒郷三七八番地

大工

訴願人 平山作太郎

明治二十五年十月二十二日生

右総代人 松本元男

川口一

右訴願人から提起された昭和二十七年十二月十六日執行の南松浦郡福江町会議員補欠選挙における選挙の効力に関する訴願について、当委員会は次のように裁決する。

主文

この訴願は棄却する。

訴願の要旨

この訴願の要旨は昭和二十七年十二月十六日執行の南松浦郡福江町会議員補欠選挙の効力に関し、訴願人のなした異議申立に対して昭和二十八年一月二十五日、同郡福江町選挙管理委員会(以下「町委員会」という。)がなした決定に不服であるから、この訴願を提起し、右選挙は無効であるとの裁決を求める。というのである。

その理由とするところは、

一、昭和二十七年十二月五日の福江町臨時議会において、川口一議員が辞職したので議長は、この辞職による欠員並にそれより先に辞職した議員七名のものを加えて計八名の欠員となつた旨を同日、町委員会に通知した。しかもその通知は同町議会議員補欠選挙の選挙期日の告示の前日になされたのであるから、当然に選挙を行うべき議員数は、八名でなければならないにもかかわらず町委員会が川口議員の辞職による欠員一名を加えずしてその数を七名と告示し、しかもこれを訂正することもなく、そのまゝ選挙を施行し、当選人を七名と定めたことは、選挙の規定に違反し選挙の結果に異動を及ぼすことゝなるから、その選挙は無効である。

二、町委員会は選挙すべき議員数に関して、「川口議員辞職による欠員通知を告示の前日午後四時頃受けたが、委員長は事重大な特殊状況と認めて専決処分を差し控え、町委員会を招集し付議しようとしたがその暇なく前になされた十一月二十五日の町委員会決定どおり告示し、七名の選挙を実施した」と称しているが委員長は、徒に時間を空費したゝめ、招集の時機を失し、且つまた、川口議員が前に繰上補充された事由となつている森田栄次郎議員除名について、その除名取消の判決を不服として係争中の控訴が取下げられる気運のあつたところから、取下げによつて生ずる森田栄次郎の議会復帰を顧慮し、殊更に欠員一名を帰したと認められるから選挙すべき議員数を七名にしたとの前記申述は違法を阻却するものではなく町委員会の決定は違法の所為である。

さらに町委員会は、異議申立の決定書において「右控訴の取下げが、昭和二十八年一月十六日になされたから、森田議員は除名議決の日に遡及して復権し、且つ繰上当選の川口議員は失権するので、その選挙期日の告示の当日における議員の欠員数は七名である」としているが、

この控訴の取下げ手続はその一月十六日以降になされたのであつて、手続が完了しない限り、除名取消の第一審判決は確定せず、森田栄次郎は除名のまゝ、議員の資格を有しないで、川口議員の辞職による欠員は、有効に取扱われて選挙すべき議員数に計上すべきが適法である。

というにある。

裁決の理由

よつて当委員会はこの訴願を昭和二十八年二月十四日受理して審査したところ、

一、訴願人の主張を要約すれば、

昭和二十七年十二月十六日執行の福江町会議員補欠選挙において、

その選挙期日の告示の前日(同月五日)同町議会議長より川口一議員の辞職に伴い新な欠員一人が生じた旨を、町委員会に通知しているのであるから、選挙すべき議員の数は、既存の欠員七人にこの一人を加えて八人とすべきである。しかるに町委員会がこれを加えず、その数を七人と告示し、それによつて選挙を施行したことは、選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるのでその選挙は無効である。

ということに帰する。

二、ところがこの訴願を審理するのに無視することのできない一つの事実が存在する即ちその辞職によつて新な欠員一人を生ぜしめたという川口議員は森田栄次郎議員が昭和二十六年七月十二日除名されたことにより、欠員を生じたゝめ同年八月一日繰上補充されたものであつた。

またその除名された森田議員は除名処分の懲罰議決の無効確認請求を長崎地方裁判所に提訴した結果昭和二十七年七月四日除名議決の取消の判決がなされたのであつた。

これに対して同町議会はこの取消の判決を不服として、福岡高等裁判所に控訴していたがその控訴は昭和二十八年一月三十一日には、正規に取下げられて前記除名議決取消の判決が確定しているのである。

三、従つて右控訴の取下げられた一月三十一日以後においては森田栄次郎は除名議決のあつた日に遡つて議員の身分を回復することになり、除名議決は最初からなかつたものとして、引続き議員の身分を保有していたことゝなる。

他面、川口一は繰上補充された日に遡つて議員としての身分を失うことゝなり、議員ではなかつたものとみなされる。

四、右理由によりこの一月三十一日前において、これをみれば未だ前記判決が確定していなかつたのであるから、訴願人の主張するようにたとえ、町委員会としては諸般の事情を勘案したものとしても選挙期日の告示の前日に、その新な欠員一人の通知を受けているのであるから既存の欠員七人にこの一人を加えて選挙すべき議員の数は、八人とすべきであつたといえよう。

また町委員会は、異議申立の決定において、前述の控訴が昭和二十八年一月十六日に取下げられたゝめ、申立の理由が消滅したものとなしているがその一月十六日には、まだ正規には取下げがなく、また前記判決も確定していなかつた。

この点訴願人の主張は正当というべきである。

しかしながら当委員会が本訴願を受理して裁決する時期は、この一月三十一日以降に当るので昭和二十七年十二月六日の選挙期日の告示の日における、同町議会議員欠員の数は七人とみるべきであり、その補欠選挙における選挙すべき議員の数は、七人である、といわねばならぬ。

要するに訴願人が訴願の理由とする「川口議員の辞職に伴う欠員一人を選挙すべき議員の数に加へるべきだ」という主張は最早消滅し存在しないものといわなければならない。

よつて、当委員会は、主文のとおり裁決する。

昭和二十八年六月十二日

長崎県選挙管理委員会

委員長 荒木清

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例